「同じ薬なのに、なぜこんなに違う?」薬価の不平等に挑んだアメリカの政策
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📚 「アメリカでも薬を安く買いたい」~トランプが推した“最恵国待遇価格”とは?~
心の声
「なぜアメリカの薬だけ、こんなに高いのか?」
そんな疑問を抱く国民の声に応えるかたちで、トランプ大統領は大統領令を出しました。海外(特にヨーロッパ諸国)では同じ薬がずっと安く売られている中で、アメリカの患者は高額な薬代に苦しんでいたのです。
その背景と、打ち出された「最恵国待遇価格(Most Favored Nation Price)」制度の狙いについて、わかりやすく解説します。
まずは事実ベースで:「最恵国待遇価格」とは?
トランプ米大統領が「最恵国待遇価格(Most Favored Nation Price)」に関する大統領令に署名したのが2025年5月12日です。
この大統領令は、米国内の医薬品価格を他の先進国と同水準まで引き下げることを目的としており、製薬会社が海外で設定している最も低い価格を基準にアメリカの薬価を調整する方針を打ち出しています。また、患者が製薬会社から直接最恵国待遇価格で薬を購入できる仕組みの構築や、価格目標の提示、必要に応じた規制改革や独占禁止法の適用も指示されています
これは「最恵国待遇価格(Most Favored Nation Price, MFN)」と呼ばれる施策です。
アメリカの「最恵国待遇価格(MFN)」政策は、主にメディケアでカバーされる薬剤が対象です。具体的には、以下のような特徴があります。
将来的には、政権や政策次第で民間保険の薬剤にも拡大する可能性が示唆されていますが、現時点でMFNの直接的な対象は「メディケアでカバーされる薬剤」に限定されています
具体的には、以下のような特徴があります。
- メディケアPart BおよびPart Dで給付される高額な処方薬やバイオ医薬品が中心
- ジェネリック医薬品やバイオシミラー(後発医薬品)が存在せず、市場競争が働いていない単独ブランド品が主なターゲット
- MFNモデルの初年度は、メディケアPart Bの年間支出上位50品目が対象であり、これには医師の診療所や病院で投与される注射薬・点滴薬などが多く含まれる
- 一部例外(特定のワクチンや経口薬、家庭用薬剤など)は除外
将来的には、政権や政策次第で民間保険の薬剤にも拡大する可能性が示唆されていますが、現時点でMFNの直接的な対象は「メディケアでカバーされる薬剤」に限定されています。
▶ MFNの主なポイント
- 対象薬剤:メディケアパートBでカバーされる注射薬など
- 比較対象国:フランス、ドイツ、カナダ、イギリスなどOECD諸国
- 価格基準:これらの国で設定されている最安価格に合わせる
- 開始時期:2021年1月を予定していたが、製薬業界からの反発や訴訟により実施は延期
なぜアメリカの薬は高いのか?
アメリカでは「自由価格設定」が基本です。日本のように国が薬価を決める制度はなく、製薬会社が自ら価格を設定し、それを保険会社と交渉する形になります。つまり、製薬会社が“言い値”で値段を付けやすい市場構造なのです。
一方、ドイツやフランスでは、政府や公的機関が価格交渉を行い、「高すぎるなら使わない」という強気の姿勢を取れるため、薬価は抑えられています。
やさしい解説:ペンギン村の薬屋さんでたとえてみよう
あるところに「ペンギン村」がありました。そこには世界中の動物たちが通う薬屋さんがあります。
同じ風邪薬を買うのに…
- 日本うさぎさんは1回500円
- フランスくまさんは1回400円
- カナダねこさんは1回350円
でも…
アメリカわしさんは、なぜか1回1,500円も払っています。
アメリカわしさんは怒って言いました。
「同じ薬なのに、なんで私だけ3倍も払ってるの?!」
そこで、村長のトランプわしは言いました。
「これからは一番安く買ってる国と同じ値段で買うようにするぞ!」
つまりこれが、「最恵国待遇価格」のイメージです。
制度が抱える課題と懸念
この制度には期待と同時に多くの課題もあります。
✔ メリット
- 高すぎる薬価の抑制
- 高齢者の医療費負担の軽減
- 製薬業界への価格交渉圧力
高すぎる薬価の抑制
最恵国待遇価格(MFN)政策は、アメリカ国内の医薬品価格を他の先進国の中で最も安い水準に合わせることを目的としています。これにより、従来は製薬会社が自由に設定していた高額な薬価が抑制され、米国民が世界で最も高い薬価を支払うという状況の是正が期待されています。
高齢者の医療費負担の軽減
MFN政策によって薬価が引き下げられれば、メディケアなどの公的保険を利用する高齢者の自己負担額も減少します。これにより、高齢者が必要な治療を経済的理由で諦めるリスクが減り、医療へのアクセスが改善されるとともに、家計の負担軽減につながります。
製薬業界への価格交渉圧力
MFN政策は、製薬会社に対して「他国で認めている最低価格を米国でも適用すべき」という強い交渉圧力を生み出します。これにより、従来のような米国市場だけで高価格を維持する戦略が難しくなり、企業は価格設定や交渉姿勢を見直さざるを得なくなります。結果として、製薬業界全体の価格交渉に対する透明性や公平性が高まる効果が期待されます。
❌ デメリット
- 製薬会社がアメリカでの販売を控える可能性
- 新薬開発への投資意欲の低下
- 海外の薬価引き上げ(ドミノ効果)
製薬会社がアメリカでの販売を控える可能性
MFN政策が導入されると、製薬会社はアメリカ市場での薬価を他国の最低価格に合わせることを強いられます。これにより利益率が大幅に低下することから、特に高額な新薬や競争力の低い分野では、製薬会社がアメリカでの新薬発売を遅らせたり、場合によっては販売自体を見送るリスクが高まります。実際、企業は「米国での販売を控える」「新薬の上市を遅らせる」といった戦略をとる可能性が指摘されており、患者の新薬アクセスが遅れる「ドラッグ・ラグ」や、そもそも薬が使えない「ドラッグ・ロス」といった現象が深刻化する懸念があります。
新薬開発への投資意欲の低下
MFN政策による薬価引き下げは、製薬会社の収益を大きく圧迫します。製薬業界は売上の15~20%を研究開発費に投じており、米国市場からの収益減少は、研究開発費の削減につながります。これにより、リスクの高い新薬や希少疾患向け薬剤、革新的な治療法への投資意欲が大きく低下し、将来的な医薬品イノベーションが停滞する可能性が高まります。特に、成功確率が低いが社会的価値の高い領域(中枢神経系疾患やオーファンドラッグなど)への投資が敬遠されることが懸念されています。
海外の薬価引き上げ(ドミノ効果)
アメリカの薬価が他国の最低価格に連動することで、製薬会社は収益維持のために海外市場での薬価を引き上げざるを得なくなります。特に欧州や中所得国では、薬価交渉が厳格なため、企業が新薬の上市を遅らせたり、価格を引き上げたりする動きが広がる恐れがあります。これにより、世界中で薬価が上昇する「ドミノ効果」が起き、低・中所得国の患者が必要な薬にアクセスしにくくなるリスクも指摘されています。
これらのデメリットは、米国だけでなく世界の医薬品市場全体や患者の医療アクセス、イノベーションの持続性にまで影響を及ぼす可能性があります。製薬業界からは、「アメリカでの販売が困難になる」「世界中の価格体系が混乱する」として、強い反発があり、制度の実施は停止・延期されています。
データで見る薬価差
たとえば、有名ながん治療薬「オプジーボ(ニボルマブ)」の価格を比較すると…
国 | 価格(1回あたり・推定) *全て約〇〇です |
---|---|
米国 | $7,635~15,269 |
イギリス | $3,350 |
ドイツ | $3,500~4,000 |
日本 | $2,600 |
※各国の保険制度・補助の影響を含めた推定
なぜこの政策が重要か?
アメリカでは、医療費全体の中で薬剤費の比率が非常に高く、かつ自己負担も重い層がいます。2020年の段階で、国民の3人に1人が「薬代が払えない経験がある」という話もありました。
一方で、日本やドイツでは公的保険がしっかり機能し、「値段を抑える」「患者を守る」体制が整っています。
このような状況の中で、トランプ政権が打ち出した「海外価格との整合性」は、アメリカの医薬品市場に大きなメスを入れる意図があったのです。
まとめ
「薬の値段、なんで私だけこんなに高いの?」──その問いに正面から向き合った政策
薬は命を守るための道具です。価格がその“命綱”を遠ざけるようでは、本末転倒です。
トランプ政権の薬価改革は、アメリカの医療制度が抱える“本質的な矛盾”に切り込むものでした。賛否はありますが、「誰もが安心して薬を手にできる社会」を目指す一つの試みとして、今なお議論が続いています。
📚おすすめ図書
以下のブログ内容に関連し、アメリカの薬価・医療制度や最恵国待遇価格(Most Favored Nation Price)政策、国際的な薬価比較、製薬業界の課題といったテーマを深く理解するためのおすすめ図書をピックアップします。
1. 欧米主要国の保険・薬価制度の徹底理解(2017年版)
情報機構(著)
アメリカ・イギリス・ドイツ・フランスの医療保険制度・薬価制度を比較し、薬価設定の仕組みや価格戦略のポイント、各国の最新データも網羅。国際薬価政策やバイオシミラー、HTA(医療経済評価)など、グローバルな視点で薬価問題を理解したい方に最適です
2. アメリカ医療制度の政治史
名古屋大学出版会(著)
オバマケア以前から現在まで、アメリカの医療制度がどのように発展・変遷してきたかを歴史的・政治的に解説。なぜアメリカで国民皆保険が実現しづらいのか、薬価高騰の背景にある政治構造も学べます。
3. 市場原理とアメリカ医療
石川義弘(著)
アメリカ医療の現実と課題、自由競争と医療格差、高額な医療費・薬価の構造、医療経済の考え方を平易に解説。米国の市場原理が医薬品価格に与える影響を知りたい方におすすめです。